短歌厚木水甕 澪の会

神奈川県厚木市の短歌会「澪の会」のブログです

*各評は講師の砂田や会の皆様から出た意見をブログ管理人(畠山)が独自にまとめたものです。各歌の著作権は各作者にあり、ブログ内で例として挙げた歌で著者名を記していないものの著作権は私(畠山)にありますので、そのまま真似してどこかに投稿したりは絶対にしないでくださいね。尚、「こう直したらどうでしょう・こんな感じに歌ってみたらどうでしょう」として書いている歌はその歌の原作者様(各歌の()内の名前の方)に著作権があるものとします。

◆和歌と短歌

「私、短歌やってるんだ~(やらされてるんだ~・笑)」などと同世代の友人などに言うと、よく勘違いされるのが百人一首などの「和歌」の世界です。

花鳥風月、雅な情景、昔の人のラブレター。そんなイメージが強いようです。

 

俵万智さんの口語短歌「サラダ記念日」が有名になったこともあり、それを知っている人などは少し認識が変わったようで、「あれ?短歌って思ってたの(和歌)とちょっと違う?」とその差に気付いた人もいるようです。

現代短歌を知る人を大幅に増やしてくれたという意味では俵万智さんは本当に偉大な歌人だと思います。

 

多分みなさんも国語の授業で「和歌・近代短歌・現代短歌」とそれぞれ習ってはいるはずなのですが(因みに私の世代(1970年代生まれ)ではまだ「現代短歌」は個別に教材として扱われていませんでした)、どちらも五七五七七という構成で作られた短詩形の文学ということで括られ、その違いまで詳しく教わってはいないのではないかと思います。

 

五七五七七の詩形というのはそれはもう古くから長く永~く伝わっており、まだ文字が無い時代から歌(口承・口ずさみ)として詠まれてきました。そこに文字という文化が入り、書き記すようになったものが「万葉集」と「古今和歌集(通称「古今集(こきんしゅう)」)」という二つの歌集(五七五七七の詩形集)です。

万葉集」は日本最古の歌集で、天皇や貴族の有名な歌はもちろん、庶民の歌、誰が作ったか分からないけれど口ずさみで伝わっている歌なども多く含まれます。いわゆる「詠み人知らず」というやつですね。

 

これに対し「古今集」「新古今和歌集」というのは政府(帝)が今でいう専門家(学者)グループを立ち上げ、専門家から見て優秀だと思う作品を国家プロジェクトとしてまとめた歌集です。

当時は政治のことを「政(まつりごと)」と呼ぶくらい、神様をきっちりお祀(まつ)りして楽しませ、「どうか荒ぶらないでくださいね(天災が起きませんように)」と訴えることが国家の運営として大事でした。今「お祭」となっている行事はこの「神様をお祀りする」行為が元です。

その「お祀り」する行為の中でも重要な一つが「歌を詠むこと」でした。日本人には「言霊信仰」という感覚が根付いていて、言葉にはとても強い力があるとされてきました。今でも悪い結果になりそうな事を言ってしまうと実際になりそうな気がするから言わないでおく、とか良い方の予想だけ言うということを無意識に行っている人が多いです。「滅多なこと言うもんじゃない!」などと怒られたことはありませんか?科学的根拠によればそうなる確率が高いことでも、それが悪い結果だったら口に出してはいけない空気が今でも日本にはあるのです。それは「言葉には力がある」と無意識のうちに信じている「言霊信仰」によるものですが、いわゆる一神教信仰でないと「信仰」だと思わず、「自分は無宗教だ」と思っている人はこの日本人的信仰を自覚していないかもしれませんね。

 

という訳で、国のトップが「良い」というお墨付きを出した歌(言葉)を集めた「古今集」「新古今和歌集」はずっと長いこと「五七五七七の詩形作品」のお手本として扱われてきました。この「古今集」「新古今和歌集」をお手本として詠まれた歌がいわゆる「和歌」という括りになります。そしてこの「和歌」は政に関わるような貴族層、富裕層、知識層などいわゆる「意識高い人々」が教養としてたしなむものという位置付けでした。表現も「あ、このような場面は古今集でこう歌われていた!」と知識として知っている表現、つまりプロ(古今集新古今集の作家)が作った「素晴らしいとされるお決まりのフレーズ」を切り貼りして作るものでした。

 

それに対し、明治の時代、正岡子規が「文明開化!明治といふ新しい時代(当時)、貴族とか階級とかそんなものに捉はれず、我々庶民も我々による我々のための歌を我々の言葉で作らふぢやないか!(*)」という意識改革運動を始めました。(*)実際にこう発言したわけではありません。

「お偉いさんがまとめた「古今集」じゃなくて、日本人の根本が詰まった「万葉集」を見直し、それを手本として新しい歌を作ろう!」として、自分自身の感覚、感動をありのままに写して(写生)作る歌作りを提言しました。

また雅な情景、美しいもの、良いものだけを歌おうとせずに、自分の心の中にある暗い部分、どろどろとしたものだって歌っていいじゃないか、という流れを作りました。

この流れに乗って、「古今集」を真似て作った雅な歌である「和歌」ではなく、自分自身の感動を自分自身の言葉で内容(雅で美しいものなど)に制限をかけずに歌うようになったものを「近代短歌」と呼ぶようになったのです。

 

この「和歌」と「近代短歌」の違いはかなり大きいので国語の授業でも取り上げてほしいところですね。「五七五七七の詩形」は同じなのですが、内容はここで大きく変換したのです。

 

それに比べると「近代短歌(戦前)」と「現代短歌(戦後)」はそれほど大きな違いはありません。どちらも「自分の心の動きを自分の言葉で歌う」です。

この「自分の言葉で」の部分が現代では選択肢が増え、現代仮名遣いで作る人、歴史的仮名遣いで作る人、口語(話し言葉)で作る人、文語(書き言葉)で作る人、と多様化しているという違いはあります。

また正岡子規が「和歌」を変革したように、今度は「近代短歌」を変革しようと前衛的な歌を作る人などもいます。それが「和歌」→「近代短歌」のような革命として成功するかは分かりませんが。

 

分類上はこの「近代短歌」変革以前の歌を総称して「和歌」としていますが、「万葉集」はもちろんのこと「古今集新古今集」自体は「近代短歌」としても通じる短歌です。作者が実際見たり感じたりしたものを作者の言葉で歌っています。それをお手本にして真似て作ったものが「和歌」で、「近代短歌」でまた新しい「短歌」を作ろう!となったという流れになります。

 

実際、長年お手本とされてきただけあって「古今集新古今集」そのものの歌の表現はとても素晴らしいものが多いので、参考にし、知識として知っておくことはとても有効だと思います。

けれどあなたが「和歌(教養)」でなく「短歌(感動)」を作ろうとするなら、それをまんまマネするのではなく、自分が見たものを自分の言葉で表現するよう心がけましょう。

 

☆「和歌」と「(近・現代)短歌」は違う!

☆自分の体験(見た・聞いた・感じた)を自分の言葉で!

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