みなさん、唱歌『ふるさと』の歌詞を覚えていますか?
「う~さ~ぎ~お~いし~、か~の~や~ま~」というやつです。
兎が美味しいわけではありません。「兎追いし」です。
「兎追いし かの山 小鮒釣りし かの川」。(昔)兎を追いかけたあの山、小鮒を釣ったあの川、という意味ですね。
過去にした行動を歌おうとして「し」を使う時はまずこの歌を思い出してください。
さて、この「し」は過去を表す助動詞「き」の連体活用形です。
過去を表す助動詞「き」は「せ(未然)、〇(連用)、き(終止)、し(連体)、しか(仮定)、〇(命令)」と活用します。(〇はその活用形はなし)
助動詞ですから字のごとく動詞を助ける語句で、必ず動詞(連用形)に付きます。名詞には付きませんよ、ここ注意ですよ。「兎し」「山し」とは言いませんね。
意味は「~~した」という意味で、「~~」の部分に動詞が入ります。また連体形の活用なので必ずあとに体言(名詞)が続きます。「~~(動詞)した〇〇(名詞)」というかたちで使います。
過去の助動詞「し」として使う場合、「動詞+し+名詞」。このセットがちゃんと出来ているか確認しましょう。過去の助動詞「し」として使う場合「し」で文章が途切れることはありません。「~~し、」と途切れるものは「過去」を表す助動詞ではなく、「~~をして」という「す・する」という動詞の活用形で「過去」を表すわけではありません。ここを間違えると文章の時系列がおかしくなり、読者が混乱してしまうので注意しましょう。
『ふるさと』の例でいくと「追い(動詞「追う」の連用形)+し+かの山(名詞)」で、「し」を使うことで「追う」が過去のこととなり「追った」ということになります。うしろにちゃんと「かの山」という名詞も来て「兎を追ったあの山」という文章になっていますね。
「(私は)兎を追った。」で文章を止めたい時は終止形なので「き」です。「(私は)あの山で兎を追った。」という文章なら「(我は)かの山で(に)兎を追いき」となります。
またこの「し」は主に「自分が直接に体験した過去」の時に使います。更に言えば昨日今日の話ではなくわりと昔の過去を表す時に使います。
まさに『ふるさと』です。遠い昔の過去、自分が実際に体験した過去です。なんて分かりやすいお手本!ありがとう高野辰之(作詞者)さん!
昨日今日ついさっきなど近い過去にした行動は、「完全に過ぎた過去」を意味する助動詞「き」ではなく、「完了・確認」を意味する助動詞「たり(たら・たり・たり・たる・たれ・たれ)」・「た(たろ・〇・た・た・たら・〇)」(「たり」の口語)を使います。
「~~(動詞)た〇〇(名詞)」(見た光景・釣った魚・超えた温度・飽きた趣味・過ぎた時間 など)や「~~(動詞)たる〇〇(名詞)」(見たる光景・釣りたる魚・超えたる温度・飽きたる趣味・過ぎたる時間 など)と連体形で使います。
また完了の過去を表す文章には「〇〇(名詞)した〇〇(名詞)」(洗濯した服・感動した話 など)という使い方もあります。この「〇〇した」については後で詳しく述べます。
過去の助動詞「き」は基本的には自分が実際に体験した過去の行動に使いますが、確実にあったと言える過去(自分が走ったわけではないが走っているところを見たなど)にも使うことができます。ただしこの場合必ず主語を明確にしましょう。主語が明確でない場合、作者本人の過去の行動として扱われます。
例:「兎は去りき」(兎は(主語)去って行った。)、「君が歌いき」(君が(主語)歌った。)、「ツァラトゥストラはかく語りき」(ツァラトゥストラは(主語)このように語った。) など。
「兎を追いき」(主語指定なし)なら追ったのは私(作者)で「(私は)兎を追った。」となります。
過去の助動詞「き」の連体形として使う「し」の使い方は分かってきましたか?
遠い過去。自分が体験した過去で、後ろに必ず体言(名詞)がきます。
ここでごっちゃになって来るのが動詞「す」の連用形の「し」です。
「す」は漢字では「為」と書き、色々な動作をする、やる、ある状態にする(合格とす)、何らかの役目をする(司会をす)、価する(一万円す)などの意味を持つ動詞で、サ変活用「せ、し、す、する、すれ、せよ(しろ)」します。
こちらの「し」の場合連用形ですから「〇〇します、〇〇した、〇〇して」という使い方をするのですが、主に「〇〇して」として使う時これを省略して「〇〇(を)し(て)、」「〇〇(と)し(て)、」と文中で区切る場合に「し」のみで使われることがあります。
特に「〇〇(を)し、」で助詞の「を」が省かれる場合「〇〇」には動作を表す名詞(移動、鑑賞、洗濯など・[名]スル)が入るため助動詞と混同しがちなので注意して下さい。
「追いし」は「動詞(追う)+助動詞(し)」、「移動し」は「名詞(移動)+動詞(し)」です。また「追いし(動詞+助動詞連体形)」は連体形ですからそのあと必ず名詞に続きますが、「移動し(名詞+動詞連用形)」は連用形なので用言(動詞など)に接続するか、句点(、)が来てそこで一旦文が区切れるか、「た」「ます」「て」「たり」などの助詞に接続します。
またこの「す」は動詞なので先ほどの過去の助動詞「き」へ接続することもできます。「(昔)〇〇した」という意味になりますね。その場合は、終止形「き」には連用形の「し」から「〇〇しき」と原則どおりですが、連体形「し」・已然形「しか」には未然形「せ」から「〇〇せし〇〇」「〇〇せしか」続くという変則の承接をします。
例:終止形:「我はその道を選択しき」(私はその道を選択した。)
連体形:「我が選択せし道」(私が選択した道)
已然形:「彼はその道を選択せしか」(彼はその道を選択しただろうか)など
でもちょっと堅苦しい感じもしますね。一般的にはこの動詞「す」の連用形の「し」に完了・確認の意味を付ける助動詞「た(たろ・〇・た・た・たら・〇)」(「たり」の口語)が付いて「〇〇(名詞)+し(動詞連用形)+た(完了の意味を付ける助動詞)」として、完了した動作を示します。
「〇〇(を)した(終止形)」(移動(を)した。)、「〇〇(を)した(連体形)〇〇(名詞)」(洗濯(を)した服)など。
この「た」は終止形も連体形も「た」なので同じ「た」でも「。」で文が終る場合と体言(名詞)に続く場合があります。
助動詞「た」は完了を示すのでこれも「過去」を表す言葉として使われますが、助動詞「き(し)」のように「遠い過去・自身の体験・確実な過去」などの使用の制限はありません。
「会った・来た・塗った・経た・通った」など様々な動詞に付きます。ただし「た」は口語なので、文語調で書きたいわ、という場合は「たり(たら・たり・たり・たる・たれ・たれ)」を使用します。「たり」の場合、終止形(「。」で終わる場合)と連体形(名詞に続く場合)で活用形が異なるのでそこは注意しましょう。
例:終止形:「会いたり」(会った。)、連体形:「会いたる人」(会った人)
終止形:「塗りたり」(塗った。)、連体形:「塗りたる色」(塗った色) など
さてまた「し」の話に戻しますね。「し」は希望を表す「たし」という助動詞の終止形(活用は(たく)たから、たく・たかり、たし、たき、たけれ、〇)の一部としてもよく出現するのですが、この場合必ず「たし」と二字セットで一語なので間違えないようにしてください。
助動詞なので必ず動詞に付き、「見たし(見たい。)」「追いたし(追いたい。)」「釣りたし(釣りたい。)」などとなります。終止形なので文章のあとには読点(。)がきて文章は終わります。
先ほどの動詞「す」の連体形「し」に付けて「~~したし」と使うこともあります。「移動したし(意:移動したい。)」などは「移動(名詞)+し(動詞)+たし(助動詞)」です。
短歌では基本的には句読点を書かないのですが、終止形がきたら心の中で読点(。)を入れて、ここで文章は切れるんだな、と意識してください。上(かみ)の句で終止形がくることもあります。その場合そこで一旦文章は切れ、一息入れる感覚で読んでください。
「兎追いたしあの山」とあった場合、「兎追いたし(兎を追いたい。)」で一旦終わり、「あの山」にはかかりません。「あの山」に繋げたい時は終止形でなく連体活用させて「兎追いたきあの山(兎を追いたいあの山)」となります。
また「追いたし」で終えたければ「あの山で(に)兎追いたし」と語順を変え、「あの山」に「で・に・へ」などの助詞を付けなければなりません。
「たし」の口語「たい」は(たかろ、たかっ・たく、たい、たい、たけれ、〇)と活用するので終止形と連体形どちらも「たい」となります。先ほどの「たり(文語)」と「た(口語)」の関係と同じですね。
また「追いたかった」と希望なおかつ過去の場合は「追いたかりつ(き)」となります。「追い(追うの動詞連用形)たかり(たしの助動詞連用形)つ・き(完了・過去の助動詞終止形)」。
「追いたかった」という意味で、希望と過去をごっちゃにして「追いたき。」と終止形で使うのは間違いです。終止形として正しいのは「追いき(追った。希望の意味はナシ)」「追いたし(追いたい。過去の意味はナシ)」のどちらかであり「追いたき」で文章が終わる形はありません。
この希望の助動詞「たし(終止)」「たき(連体)」と過去の助動詞「き(終止)」「し(連体)」は間違えて使う人がとても多いので注意して下さい。同じ響きなのに活用が逆なのでややこしいですが、間違えるととても不自然な日本語になってしまいます。
更に形容詞の終止形としての「し」があります。
「良し」「美し」「多し」「高し」などですね。
形容詞には「ク活用(く・く・し・き・けれ・〇)」と「シク活用(しく・しく・し・しき・しけれ・〇)」の二活用(*)がありますが、どちらの活用でも終止形は「し」です。(*)活用を見分けるには後ろに「なる」を付けてみましょう。「多くなる」「美しくなる」など。
ですから述語として形容詞を使う場合、「何が・は(主語)どうだ(述語)」という文で現在の状態を表す「し」として終止形で使うことがあります。
「空は青し」「山は高し」「月が明るし」など。この形容詞の「し」には「過去」を表す意味は一切ありませんので注意して下さい。
いや~もう難しいですね!頭ごっちゃになりますね。
つまりそれだけ「し」はややこしいので、なんとなくで使ってしまわずに「難しいやつだ」と思って使ってください。
以下に主な四つの使い方と例文をまとめてみます。
1・過去(~~した)
例:兎追いしあの山
2・希望(~~したい)
例:君に逢いに行きたし。
3・動詞(~~して)
例:シャツを洗濯し、干す。
4・形容詞(どうだ)
例:秋空高し。春風涼し。花は美し。
☆その「し」は
過去(~~した)?
希望(~~したい)?
動詞(~~して)?
形容詞(どうだ)?